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no rain, no rainbow

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雨が降っている。
ただそれだけなのに、
雨は街の表情をがらりと変える。

@表参道。
たばことコーヒーを片手に
表参道に面したカフェの2Fから、
道ゆく人を眺める。

カサ、カサ、カサ・・・。
人がカサに隠れて、表参道はカサで溢れかえっている。
カサがふわふわ浮いていて、
ゆっくりゆっくり動く。

なんだかくらげに見えてきた。


どんどんテクノロジーは進歩して、
いまや携帯でテレビも見られる。
ナビの声に耳を澄ませば、
車はどこでも正しい場所に着く。
耳につながっているi-pod nanoは、
2000曲もの音楽でわたしを飽きさせない。

どんどんデザインは進化して、
街にはさまざまな色と形で溢れている。
すぐ近くには安藤忠雄のデザインした表参道ヒルズ。
落ち着けるかどうかは別として、
ちょっと気の利いたおしゃれなカフェなんて、
腐るほどある。


そんな中で、
カサはずっと前からそのままで、
シンプルな形を保ち続けてきた。

しかもくらげに見えるのは、
値段も安い透明ガサが圧倒的に多いのも
その一因だろう。


人間は、案外くらげみたいなものかもしれない。

不安定で、ときには人も刺して、
弱くて、ふわふわしている。
でも、海の中を漂うそれは、
ときに驚くほど美しかったりする。

とにもかくにも、
少なくとも、ここから見るカサを差して歩く人たちは
くらげみたいに見える。

でも、わたしがカフェでひとりでこんなくだらないことを
色々考えているように、
くらげみたいに、あのカサを差して歩くひとりひとりにも、
色んな感情があるんだな。
そして、それがくらげを動かしている。

そう思うと、くらげたちが妙にいとおしく思えた。



話は変わるが、
わたしの左腕は、少し触れるだけで痛む。
雨のしずくがカサをうまくよけて、
左腕に当たるだけで、
声を上げてしまうくらい痛かったりする。
だから、人ごみや電車の中では
特に他人が憎かった。

退院したてで、鞭打ちの人がよくやっている、
カーラーを首につけていても、
電車の中で、今まで誰一人として、
席を譲ってくれる人はいなかった。
それどころか、自分は席に座りながらも、
立っているわたしの首や全身を
じろじろと意地悪く眺め回す人もいた。
人はほんとに冷たいなって何度も思った。

最近は一見、見た目には麻痺が目立たず、
普通の人と変わらない。
でも、ちょっと触れられただけでも痛い左腕や、
すぐに膝が折れる左足は、
電車が堪える。

やたらと他人を押しのけて電車を降りていくおじさんに悲鳴を上げ、
いっそのこと、左手にガムテープでも貼って、
「麻痺してるので触らないでください」
と書いておこうとまで思うのは、
一度や二度ではない。

でも、つい最近、生まれて初めて
席を替わってくれた人が、ふいにあらわれた。
しかも、わたしの前の席ではなく、
その3人くらいとなりの人。

「おじょうさん、こっちに来て座りなさい。」
と声を掛けられたとき
予想外すぎて、一瞬声が出なかった。

普通に見えるであろう、わたしの動きのどこで異常を察して、
心配してくれたのだろうか。
肉親か誰かに、わたしのような症状の人がいるのだろうか。

素直に好意に甘えて、座席に座ってから、
なんだか胸がいっぱいになってしまった。
わたしが先に降りることになって、
少し離れたところに立っていたその人に、
何度もお礼を言って降りた。


その人が、なんでわたしに席を替わろうと思ってくれたのか、
理由はまったくわからない。
だけど、ひとつだけ、
わかったことがある。

経験の分だけ、
視点が増えて、
その分、他人を思いやれるようになるのなら、
つらい経験も悲しい経験も、
決してマイナスではないということ。


もう何度も言っているけど、
“no rain, no rainbow”ということばが好きだ。
これはただ、「やなことの後にはいいことがある」
という意味以上のことばなんじゃないかって、
初めて気づいた。

雨はやがて上がり、晴れる。

でも、ただ晴れではなく“rainbow”である理由。

それは、雨なしでは絶対に見れない虹のように、
つらい経験や悲しい経験によって、
それがなければ、
絶対に見られないもの、感じられないものを
得られることを示唆しているのではないか。

七色の虹のように、
さまざまな経験によって、
少しずつ視点が増えて、
人生がより豊かになる。

そう思ったら、
このことばが前以上に好きになった。


そんなことを考えた、
雨の日の表参道。

やっぱり雨は、
恵みの雨です。





なんか変な虹です。
不気味なので送りました。
うそ。
きれいなので送ります。

少し前に見た、映画『虹の女神』より。



“たまらなく好きなもの”って誰にでもあると思う。
ただ、それがあるだけで、
とてもしあわせな気持ちになれるもの。


わたしは「はちみつ&ゆずジュース」がたまらなく好きだ。
もう冷蔵庫の中にやつが構えているだけで、
それが冷蔵庫を開ける度に見えるだけで、
なんだかとてつもなくしあわせな気分になってしまう。


そこいらじゃ売ってないそれは、
なんと大分から贈ってもらっている。

最初に30缶もやつが入った、その段ボールが届いたのは
去年の誕生日あたり。
「あすかが絶対に好きだと思うから。」
ただそう言われて、何が来るかとどきどきして待っていたら、
予想外の大きさで、
宅急便のおにいさんから預かった段ボールのその重さに
びっくりした覚えがある。
しかも、開けたら缶ジュース30缶。
思わず笑ってしまった。
でも、わたしは“はちみつ&ゆず”のキーワードにめっぽう弱い。
サンマルクカフェのゆずちゃもだいすきだ。
あっさり忘れてしまいそうなそんなささいなことを、
友だちが覚えててくれたのがうれしかった。
そして、冷やして飲んでみたら、さらにびっくり。
今まで飲んだ中で、ダントツ一番のはちみつゆずジュース。

腫瘍が見つかって、中目黒の家で1ヶ月入院待ちをしている間に
それはあっという間になくなってしまった。
不安で眠れないときも、
そのジュースには何度も助けられた。

そしたら、今度は、入院中に
わたしの実家宛てにまた送ってくれた。
うちの冷蔵庫で冷やしたやつを、
何本かずつ母が持ってきてくれる度、
それをリハビリの合間や、寝る前に飲む度、
いつもちょっとだけ元気になった。

あまりにおいしくて、
いつまでも名残惜しくて、
退院してからも、ラスト1本を数ヶ月冷蔵庫においておいた。

それをふざけて友だちに言ったら、
また今年の春、やつが30缶我が家に届いた。
ずっと取っておいたラスト1本がぎんぎんに冷えて、
最高においしかった。

そういうわけで、また今、やつによって、
わたしはしあわせな毎日を過ごしている。


わたしは毎日、麻痺が少し残っている足のリハビリのために
近くの大きな公園を散歩している。
そんなとき、必要不可欠なのが
i-podとこの「はちみつ&ゆずジュース」。

休憩のベンチでいつもこれを開けて、
音楽に浸りながら、
たばこを吸うのが、
たまらない。



そして、この日課で発見したことがある。

缶と空はつながっている。


わたしは腫瘍の手術をしたときに、
首の骨を半分にパカッと切った。
それで、今はチタンボルトとやらが入って
わたしの首の骨を繋いでいる。

だから、前は首を上下や左右に動かすのが
痛かったし、こわかった。

でも、缶ジュースを飲むためには、
首を上げなければいけない。
そして、そうすると必ず飛び込んでくるもの。


空。

きっと缶を開発した人は、
飲み終わりに空を見るように缶を作ったのだと思う。
飲み干すためには、
どうしても上を見上げなければいけないつくりに。

だから、飲み終わった缶は
空き缶。
やっぱり空につながっている。


どうがんばっても、
少しだけ残ってしまう中身は、
なんだかとてももどかしくて、
でも、それが何かを示唆しているような気さえする。
次につながる何か。
それが、なんだかとても大事なものに思えたりする。


今日は暑くて、
やつも汗をかいていた。

かわいかった。


缶と空の関係性。
こういうささいな必然性が
なんだかとてもいとおしく思う最近。




そうだ、わたしの真上のこの空は
大分の空ともつながっている。

べっきー、ありがとう。



ノマディック美術館に行った数日後、
リハビリに近所の大きな公園を歩いていた。

その日はやけに暑くて、
鳥がたくさんいる池が見えるベンチで休憩していると、
変な光景を見た。

空の首輪がついた犬用のひもを
引っ張るおじさんが歩いてきた。
首輪の金具がコンクリートにあたって、
カラカラ言っている。

少し妙な色のコーディネートの服を着ていたし、
少し頭がおかしい人なのかな、と思った。

そのおじさんが通り過ぎて行ってしまった後しばらくして、
犬が走って来て、
突然わたしに飛びついてきた。

かわいい犬で、やけになつっこく、
少々戸惑いながらも、なでていると、
さっきの妙なおじさんが走って戻ってきた。

「わあ!!
 やけにひもが軽いと思ったら、首輪が外れてた!
 ほんとにすんません、すんません!!」

その真剣な様子が妙におかしくて、
思わず吹き出しそうになった。

「わあ!!」と驚く前に、
さすがに犬の首輪が外れたら、
その瞬間の感触の変化で気づくだろう。

そんなわたしの疑問なんてまったく気にせず、
おじさんは
「おまえ!どうやって外したんだ。まったく。
 困ったやつだなあ」
と、犬にあわてて首輪をつけていた。
犬はというと、うれしそうに、おじさんに飛びついていた。

そのおじさんが、
その後何度も恐縮してわたしに謝りながら
犬と仲良く去っていった後、
わたしは妙に納得した。

人間と動物の関係は、
これでもいいと思った。

こんな滑稽な関係性でいいのではないか、と。


宮崎駿の「魔女の宅急便」で、
キキの魔法の力が弱くなっていくのと同時に、
キキはあんなに仲が良かったジジのことばがわからなくなった。

その状況は、キキが前と同じように、
いや、前以上に空を飛べるようになった後も
結局変わらなかった。

あれは結局、キキの魔法に対する迷いのせいなのか、
ジジに恋人ができたからなのか、
よくわからないけど、
それでも、変わらず
キキはずっとジジといっしょにいる。

それでいい。


どんなに滑稽でも、
わたし達はわたし達のやり方で、
動物と、あるいはそれ以外のもっと大きなものと、
共存していけばいいんんじゃないかなあ。





【前回の“ashes and sonw”の感想のつづきでした。】



 朝のひかりですすきがきらきらしてた。

 色づいた街路樹から葉っぱがさらさら落ちてきた。

 すがすがしい朝。冷えきった空気が凛として、最近なんだかわたしは“凛とした”ものが好きだから、しあわせだった。
 すごく寒いのに、どっかがほかほかしている感じ。この感じはとてもいい。

 そんな中を自転車で走りながら、ふと携帯を見たらはっとした。


 時間がたつのって、本当にあっという間だ。

 “今日”という日は昔記念日だった。数えたら5年前のことになる。5という数字にびっくりして、二度も左手の指を折りながら数え直してしまった。

 去年の今日もこんなにびっくりしただろうか。去年は記念日だったことさえ思い出してもいなかっただろう。すっかり忘れてた。どうして今年になって突然思い出したりしたんだろう。

 もうなんの意味もなくなってしまった“今日”という日。
 
 “今”のわたしの感情として表現できるものはあまりない。たぶんうれしくも、悲しくも、ない。何も感情がないって言ったらたぶんうそになるけど、でも、随分時間がたった気がする。

 思い出してみる。
 5年前のわたしは浮かれてた。
 4年前のわたしは幸せだった。
 3年前のわたしはひどく悲しんでた。

 すべてがうっすらと浮かんできた。

 記念日ってこんな効果があったんだな。感情の流れを思い出す日。

 
 きっと、これからもいくつもの記念日ができては意味がなくなり、また別の日が意味を持つようになるんだろう。その繰り返し。そして、それらの日は普段より少しだけ強い記憶を残していく。

 そう考えると、思う。

 記念日って、なくならない。

 記念日の元の意味はたとえ消えてしまっても、その日はずっと“それが意味を持っていたときの感情をふと思い出す、ちょっと特別な日”になるはずだ。それは毎年ではないかもしれない。だけど、今日みたいに2年ぶりだっていい。5年ぶりだって、10年ぶりだって。そうやってでも、思い出せる日があったら、年を取ることも悪くないかもな、なんて考える。

 だって、感情がゆたかになれる気がするから。

 そうやってたまには振り返って、また前を向いて、歩くのはいいペースだと思う。


 駅からの帰り道、となりの家のイルミネーションがすごくきれいだった。きっと大喜びのその家のこどもを想像すると、寒さが心地いい。


 人はいろんなものに意味をつけたがる。

 だけど、意味をつけることは何かを残すことなんだな。



 わたしは根無し草みたいなものだとずっと思ってきた。

 生まれは鹿児島。東京、仙台、埼玉と転々として、今は久喜というところに一時的に落ち着いている。中3から住むこの町には、全然思い入れがない。駅と家までの道を一本外れてしまうと、方向感覚が全然わからない。来年からは、東京のどこかでひとり暮らしをするつもりだ。

 “根無し草”。
 最近読んだ、宮部みゆきの「火車」にこんなくだりがあった。

 『買い替えのきくものに、人は根をおろさない。
  買い替えのきくものを、故郷とは呼ばない。
  だから、今の東京にいる人間はみな一様に根無し草で、
  大部分は、親や、そのまた親が持っていた
  根っこの記憶をたよりにいきているのである。
  だが、その根の多くはとっくに弱り果て、
  その呼ぶ声は、とうの昔にしゃがれてしまった。
  だから、根無し草の人間が増える。
  (途中略)
  仕事でこの大都会を歩き回り、大勢の人間に話を聞いているとき、
  相手の話のなかに、語尾に、イントネーションに、
  言葉の選び方のなかに、
  明らかにその人物の「故郷」を思わせるものを感じ取ったとき、
  ちょっと淋しいような気になる。
  群れて遊んでいるうちに夕暮になり、
  友達は一人、また一人と
  母親の呼ぶ声に惹かれて家に帰ってゆくのに、
  誰も自分を呼んではくれず、
  気がついたらとり残されていた
  ――そんな子供のような気分になる。』

 うんうん、よくわかる。やっぱりわたしは根無し草だ。そして、わたしもいつもどこかで少しさみしい。帰る場所はどこだろう。どこかにそんな場所があるだろうか。


 でも、こないだ気がついた。沖縄に行ってからだ。

 就活を通じて仲良くなった仲間9人との3泊4日。出身も、大学も、そして就職先もばらばら。つまり来年からは散り散りになる。

 沖縄2日目の夕方、丘の上からきれいなサンセットを見ながら思った。

 さみしいな。こんなに楽しいのに。

 でも、同時に思った。わたしの根は、土地じゃなく、「人」なのだと。落ち着く土地がなくても、落ち着く人たちがいるってこと。宮部みゆきの言葉を借りると、人は絶対に“買い替え”できない。それって、すごく大切だ。その貴重さは計り知れない。そして、わたしは幸せだ。心底、幸せだって思った。

 きっと、卒業までいっぱい楽しいことがあって、その度に同じくらい寂しくなって、でも思うんだろう。わたし、根無し草じゃない。こんなに大切な人がいる。


 沖縄で出会った人たちは、みんなあったたかった。居酒屋のおもろいおっちゃんも、駐車場のおっちゃんも、お土産やのおばちゃんも、居酒屋のかわいいお姉さんも、ガラス職人のおにいさんも、インストラクターのお兄さんもお姉さんも。

 そして、明るかった。沖縄のまぶしい太陽みたいにきらきらしてた。てっきり沖縄の人かと思ったのに、関東出身の人もいっぱいいた。でも、みんな沖縄を愛してた。それは、きっと、沖縄の人があったかくて、そして、大切だからだろう。

 根っこは人なんだ。何度もそう思った。なんだか、すごく幸せだった。

 
 ギャルのイメージしかなかったハイビスカスが、ほんと自然にあちこちに咲いてた。きれいだったな。


 また、根無し草だと思ってさみしくなったら、来年みんながあちこちに飛んでさみしくなったら、お腹抱えて笑いまくった今回の旅行と、ハイビスカスを思い出そう。そしたら、きっと頑張れる。


 みっきー、べっきー、たきお、ペレ、ムック、のりさん、さよちん、きっぺいちゃん、はま、ありがとう。
 卒業まで、あと2回は旅行しよう。そして飲んだくれよう。
 定年したら、ゲートボール旅行でもしよう。笑。


 『薬を10錠飲むよりも、心から笑った方がずっと効果があるはず。』
 アンネ・フランクの言葉でこんなすてきな言葉があった。それを実感した、4日間でした。








 「それでは、内定者の方から一言ずつお願いします。」

 インターン終了のサプライズパーティー。一番はしっこにいたわたしから感想を言うことになった。言いたいことが沢山ありすぎて言葉がうまく出てこない。気づいたら、言葉より涙が先に出てきた。結局何を言ったか、よく覚えていない。


 振り返ると、ほんとにほんとに苦しかった。就活中もここまで悩んだことはなかった。体力的にも、精神的にも、自分をここまで追い込んだのは初めてじゃないかと思う。

 こころが陰り、ぬかりにはまり、鎖に繋がれたみたいにうまく身動きがとれなくなった。
 

 痛い。つらい。さみしい。苦しい。


 LAに向かう飛行機の中では、なぜか涙が止まらなくなった。それは、大学1年のときのこころが壊れてた時を思い出させて、自分自身をこわくさせた。なんで泣いてるのか自分でわからない。こんなこわさ、もう二度と味あわないと思ってた。

 そんなところに追い討ちをかけるように、体調がおかしくなった。常に体が重い。のどに変なしこりみたいのができた。おなかはすいてるのに、食べ物がのどを通らない。眠れない。眠れないのに、昼間は動き回るから、更に疲れがどんどんどんどん溜まっていく。

 ささいなことでいらいらする。ささいなことで孤独を感じる。もう日本に帰りたくない。LAで死んじゃえば楽ちんだなと思う。眠れないから、夜中にホテルの外のテラスみたいなとこでひとりたばこを吸いながら、ほんとにわたしひとりぼっちなんだなと思った。そして、同時に、すごく無力なんだと。


 無力。自分が思い描いてる自分と、現実の自分が全然別の動きをする。それが悔しかった。わたしこんなんじゃないのに。じゃあ、わたしってなんなんだ?ほんとのわたしがこれなんだから。いやだ、こんなのわたしじゃない。


 自分がおかしな思考回路に迷い込んでることに自己嫌悪。息抜きしたいのに、時間がない。そんな時間も作れない自分にまた嫌気がさす。

 
 もちろん、一時的に元気になることも何度かあった。ほんとは全然ひとりぼっちじゃなかった。話を聞いてくれる友達がいた。一緒に頑張り、いつも愚痴を聞いてくれる内定者の3人がいた。すごくすごく支えになった。でも、トンネルから抜けきれない。大丈夫だと思ったら、またおかしくなる。いつもどっかでつまずいてしまう。

 でも、ここまで来れたのは、とにかく進むしかない、進んだらどうにかなるはずだ、っていう自分のこころの中にあるちっちゃな何かのおかげだった気がする。自分で自分に負けたくない。ここはわたしが選んだ道なんだから。絶対通り抜けられるはずなんだから。そう思って、足をひきずって、突き進んできた。

 
 そんなインターンが終わって、見えた光はまぶしかった。ずっとトンネルだったから、ほんとにほんとにまぶしかった。

 「あー抜けられたじゃん、わたし。」

 ここに立ててよかったな。支えてくれる人がいてよかったな。自分を甘やかさないでよかったな。

 ただ終わったことに対する気持ちだけじゃない、沢山の気持ちがすごい勢いで湧き出てきた。

 
 もらった大きな花束には、きれいな、ゆり。

200509231018.jpg
 

 ゆりの花がだいすきになった。


 前より少しだけ、自分に誇りが持てるようになった。





 ***また苦しくなったとき、思い出せるように***

 .ぅ鵐拭璽鹵羃薪戮眥阿い拭Salyu「体温」の歌詞。
 『あなたと私は 本当にそれぞれで
  よかった 別々で 本当によかったって』
 しかも、この曲は、にいちゃんが、インターンの最後に作ったムービーにも使ってくれた。おかげで、この曲聴くと涙が出る。
 

 ▲ぅ鵐拭璽鵑虜埜紊北魄の方がくれた言葉。
 『小さなプライドを捨てることが、成長に繋がる。』


 0貊錣縫ぅ鵐拭璽鵑鬚笋辰討い燭砲い舛磴鵑慮斥奸
 『マイナスのギア入るのもいい加減にしとけよ。おこるぞまじで。そんなことばっかいってると。』
 怒ってくれる人がいるのはしあわせだね。そして、こうも言ってくれました。
 『keep ur head up,and keep go in』
 
 ぅぅ鵐拭璽鵑離▲疋丱ぅ供爾世辰深勸さんがフィードバックしてた時に言ってくれたこと。
 『わたしのいいところ:調整力・素直さ・吸収力・文章力。』
 『わたしの直すべきところ:間に受けすぎるところ・自分自身のタイムマネジメント。』


 ヂ膵イなSalyuがHPで言ってた言葉。
 『先生いわく、
  十代は王様みたいなものだからって。
  それが二十代になると転じて皿洗いになるわけだよ。
  わかるか。そりゃ、つらいに決まってるんだよ。

  今まで一生懸命に積み上げた価値観も
  簡単に幻想となって、
  すべてが一からやりなおしになることが
  少なくない時だ。
  私だけじゃなく、きっとみんなも
  毎日と、自分自身と、思う以上、一生懸命に戦っているんだろう。
  
  (途中略)

  その日の先生は、話をこんな励ましで締めたのだった。
  これから30までは、はっきりいってどんどんつらくなると。
  更に、それを逃げずに乗り越えたなら、
  30からは人生こっちのものだ、とも。』 


 ゥぅ鵐拭璽鵑虜埜紊房卍垢言ってくれた言葉。
 『喜怒哀楽を楽しむこと。』
 『不可能を可能にするものは信じるこころ。』


 Δ佞噺つけたヘレン・ケラーの言葉。
 『いつも太陽の光に顔を向けていれば、影を見ることはありません。』


 Г修靴董∈埜紊法
 わたしがいっぱいいっぱいなのを見て、応援してくれてたみんな。愚痴を聞いてくれたみんな。他愛も無い話で笑わせてくれたみんな。さんくす。

 


 まだ、全ての悩みが解決しきったわけじゃない。だけど、やれるだけやってみればいい。頑張れるだけ頑張ってみる。その後のことは、そのとき考える。きっとその先は開けてる。

 今は、そう思います。



 8月8日から、来年から働く会社でインターンをやっている。思った以上に忙しくて、理想の自分と現実の自分の間のギャップに悩んだり、疲れが溜まりすぎて感情の起伏が激しくなったり、悩むこともいっぱいあった。

 “なんでわたしこんななんだろう。”って自分にがっかりすることもしょっちゅう。

 “キャパオーバー”
 一番言われたくない人にそんな事を心配されて、自分で自分に腹がたつ。

 でも、今の痛みは、きっとすごく意味があることだろうと思っている。

 だって、今までも痛いときは次に必ず何かが待ってた。だから、つらいけどつらいなりにすごく楽しい。充実してるってこういうこというのかな。楽しい楽しいじゃなくて、つらいけど楽しい。そんな感じ。

 で、ついに、明日、インターンの山場、LAに渡米します!アメリカは、メキシコ行った時にアトランタにちょこっと寄っただけだからすごい楽しみ。

 流れ弾に気をつけて、思いっきりわたしらしく動いてこよう。

 よかったら、インターンで書いてるBLOGも読んでみてくださいな。

 いつもの文体と違って、あまり告知するのがやだったんだけど、やはりONとOFFは違うもんだもんね。

 内定者インターンBLOG。
http://www.bil.jp/emotion2006/



 ずいぶん
 ずいぶん ずいぶん
 寄り道をして
 ここまで来ました
 
 いろんな道がありました

 正しいと思ったのに
 行き止まりだった道
 
 気が進まないままとぼとぼ歩いてみたら
 実は
 次の新しい道につながっていた道

 スキップしながら進んでいたのに
 落とし穴があった道

 通ってるときはつらかったのに
 今振り返ると
 ほんとにすてきな道

 
 そうやって
 ずいぶん寄り道しながら
 たどりついたこの場所から
 見える空は
 ほんとに澄んでいて
 なんだか涙が出そうになる

 これからも
 たくさん
 寄り道をしながら
 たまには
 空を見て
 わたしは 生きようと
 思います



 8月13日の空。


 ちょうど一週間前の13日、22歳になりました。

 一緒に過ごしてくれたべっきー、名古屋から電話をくれたムック、メールをくれたさとみ、なお(DMのなお&市高のなお)、ゆうこ(立教のゆうこ&市高のゆうこ)、ペレ、りんた、どうむ、もな、ふるふる、NYから電話をくれたたかひろ、アイルランドから電話をくれた若菜、一緒に花火大会に行ってきれいな花火を眺めながら祝ってくれたきせつ、とも、さえちゃん、いつものように誕生日ぎりぎりにメールをくれた晴ちゃん、GREEで寄せ書きしてくれたさく、めぐ、ともひろ、あべし、あい、のりお、ちえ、えりこ、うっちー(CAのうっちー&DGのうっちー)、つっちー、ミッキー、あすか、そがくん、健太、でかゆうたさん、くろちゃん、あべちゃん、かっちゃん、しょうこ、たかし、mixiでメールくれたなりお、花ちゃん、2日後くらいに電話くれたたきお。

 この場を借りて、お礼を言います。とにかくみんなみんなほんとありがとう。

 なんか最近悩むことが多いんだけど、誕生日の日に見たきれいな空、花火のラストにあがった泣きそうになるくらい美しかった花火、そしてみんなからもらったお祝いで、とっても元気が出た。

 感謝しています。これからもよろしくね。



 No Quority, No Life.
 なんてかっこつけてみたり。

 お久しぶりです。ごきげんよう。

 最近、切に感じる『クオリティ』について。

 わたしは今までクオリティなんてあまり考えずに生きてきた。学生の特権だよね。時間が山ほどあって、好きなことを、やりたいように、わがままにやる。それが今までのわたし。自分が満足してればいいっていう、いわば自己満足の世界。自分が楽しければ、まわりもきっと楽しいだろうって思ってた。自分とみんなの笑顔が評価基準だったような気がする。

 でも、社会に出るとそうじゃなくて、どこまで自分のアウトプットの『クオリティ』を高められるかってのがすごく大切になってくる。

 去年一緒にDREAMGATEのタグを組んでた、今はすでに社会人でばりばり働いてる姉さんが恵比寿でランチしてた時に、さりげなく言った。

 「自分をブランディングすることが重要だよ。それは自分に嘘つくって意味じゃなく、素の自分に付加価値をつけなきゃいけないってこと。そのためには、自分をどう見せてくかってのも重要だし、できれば仕事も選んだ方がいいし、成果も出さなきゃいけない。」

 それを聞いて、きっとすごく大変だろうと思うけど、単純なわたしはほんとにテンションが上がってきてしまった。なんだかわくわくするこの感じ。

 わたしをブランディングすること。

 最近、クリエイティブチームでコラムを書いてて、それを兄ちゃんに見せてだめだししてもらってまた直すって作業を繰り返したりしてると、すごく思う。

 クオリティを高めなきゃ。

 にいちゃんが言う。

 「世に出すってことを念頭に。学生っぽさ、甘えは捨てて。」

 うーん、厳しいお言葉。そのとおり。そして、がんばったら、お世辞かもだけど、こう言ってくれた。

 「でも98パーは完成してるよ。きみの文章は。」

 98パーはほめすぎだけど(すごくうれしかった)、でも、大事なとこはその2パーをいかに100パーにするかってこと!100パーに近づけるかってこと。

 しかも、限られた時間内で。

 そう、もうひとつのキーワードは『リミット』。社会に出たら、リミットがいっぱいある。時間もそう、場所もそう、立場もそう、お金もそう。とりあえずリミットがいっぱい設定される。そのリミットの中で、いかに最大限の「リザルツ」を出せるか。

 今年の夏休みは、来年から働く会社のインターンプロジェクトをやる。もう既に少しずつ動き始めているのだけれど、アメリカ(L.A)に行って、難題のプロジェクトに挑戦する。ミーティングの過程で、社員さんが言った。

 「リザルツを出すことがすごく重要。」

 プロセスがいかによくても、リザルツが出なかったらまったく意味がない。
 例えば、今週末までに提出しなきゃいけないレポートがあるとする。文献をいっぱい調べて、読んで、アンケート調査なんかもしちゃったりして、インプットは半端ないレベル。でも、レポート提出が間に合わなかった。これじゃ、まったく意味がない。

 限られたリミットの中で、いかに最大限のリザルツを出せるか?クオリティを高められるか?それが、たぶんわたしのブランディングに直結してく。


 なかなか熱い夏になりそうな予感。がんばらなきゃな。




 あと、生活のクオリティも高めます!最近、だいすきな夏なのに夏を満喫してない。昨日はマン喫で内定者ミーティングでした。うーん、マンキツ違い。来週からは、平日は毎日内定者インターンだけど、それも頑張りつつ、いかに夏を満喫しつくすか。これは重要課題だね。

 遊びも仕事も、もう生きるっていう生活そのもののクオリティを追求していこうと思う今日この頃です。



 麻痺してる。わたしのくちびるの右側が。たばこがうまく吸えない。アイスティーもうまく飲めない。言葉がうまくしゃべれない。くちびるを噛んでも痛くない。くちびるで遊んでしまう。

 久しぶりに歯医者に行ったらこうなった。いすに座って、口をあけて1分もたたないうちに麻酔を注射された。治療が終わったあとに「お口をゆすいでください」って言われて、うまくうがいができないのだ。なんだ、この変な感覚は。

 麻酔が切れずに、なんだかふわふわな状態のままで、町をぶらぶらしてたら気がついた。


 『わたしが普段感じてるものってなんて不確かなものだろう。』


 昨日、「埋もれ木」という映画を一人で見に行った。(前にBLOGでも書いたクリエイティブチーム“macla(仮)”がもうすぐ始動するので、そのためのレビューコラムを書くために。だから、感想はこっちでは割愛するけど、とにかくいい映画だった。そっちのHPが開設したら告知するね。)
 で、その「埋もれ木」の小栗康平監督が、インタビューの中でこんなことを言ってた。

 「目の前にみている現実は、いかにも確固としたものに思えるけど、ちょっと時間が前後すると、それは非常に不確かなものになる。現代のような先行きが見えない社会の中では、そういう可変的な視点をたくさん持った方が、現実が豊かになるんじゃないでしょうか。」


 可変=変えること、また変われること。


 かたち、香り、音、味…わたしたちが普段の生活の中で感じているものはいっぱいある。でも、それらの記憶は、手からさらさらと流れ落ちる砂のように、気づいたら手元に残ってない。そして、人によっても感じ方が全然違う、ほんとに不確かなもの。だけど、だから、わたしたちはそれらを感じたいという欲求が生まれるんだろう。そして、共有したいという欲求も。

 麻痺しているからこそ感じる感覚があった。新たに見えてくる景色が。そして、麻痺が切れていく中で感じる感覚もあった。

 今、完全に元に戻ったくちびるは、麻痺中に遊びすぎたせいかちょっと痛い。だけど、麻痺して初めて気づくことがあるって、なんかふしぎ。そして、なんだか心地いいのだ。可変的な視点。きっとすごく難しいけど、たまに思い出したい。自分の感覚に麻痺しないように。






 
(サンマルクカフェに行ったものの、変なくちびるのせいでうまく食べられなかった。でも、やっぱりアイスゆずちゃはすごくおいしかった。)



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わすれもの
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